公認心理師 2020-66

2021年02月06日土曜日

こちらは教育心理学で示されている各学習法についての理解が問われている問題です。

おそらく多くの人が、それほど意味を知らなくても解ける問題だったのではないかと思いますが、試験勉強ではきっちり理解しておきたいところですね。

本問は「よくわかる教育心理学(ミネルヴァ書房)」の内容を引用しつつ解説しています。


問66 13歳の男子A、中学1年生。Aの学校でのテストの成績は中程度よりもやや上に位置している。試験に対しては出題される範囲をあらかじめ学習し、試験に臨む姿もよくみられる。しかし、その試験を乗り切ることだけを考え、試験が終わると全てを忘れてしまう質の低い学習をしているように見受けられる。勉強に対しても、ただ苦痛で面白くないと述べる場面が目につき、学習した内容が知識として定着していない様子も観察される。

 現在のAの状況の説明として、最も適切なものを1つ選べ。

① リテラシーが不足している。

② メタ記憶が十分に発達していない。

③ 深化学習や発展学習が不足している。

④ 機械的暗記や反復練習が不足している。

⑤ 具体的操作期から形式的操作期へ移行できていない。



解答のポイント

事例が行っている学習法がわかること。

それ以外の学習法についても理解していること。



選択肢の解説


① リテラシーが不足している。

文字や文章などを読み書きする能力のことをリテラシー(literacy)といいます。

文字を教えられる前の子どもでさえも文字と接して、このリテラシーを持っています。

リテラシーの獲得のためには文字の機能や象徴性に対する気づき、つまり文字意識が不可欠とされ、子どもは1歳台から絵本を読み聞かせられたり、文字積み木で遊んだり、家族が読み書きする姿を模倣して遊ぶ中で、文字やその機能に対する気づきを持ち始めます。

ただし、この文字意識が明確になってくるのはもう少し後で、小学校1年生くらいになると大半の子どもが読字・書字のいずれにおいても価値を認めるようになってきます。


かな文字習得のためには「音韻分解」と「音韻抽出」が必要とされています。

音韻分解はある単語を音節に分けることであり、カラス→「カ」「ラ」「ス」という風に3音節からなっていると理解することです。

音韻抽出はある単語の特定の音節を抽出することで、カラスの最初の音節は「カ」であり、最後の音は「ス」というように音節を個別に取り出して言うことができることです。

これらを総称して「音韻意識」と呼びます。

音韻分解や音韻抽出ができるようになると、読字数が増えていくことが示されており、この発達がかな文字習得に重要な意味を持つということです。

子どもたちはさまざまな遊びの中でこの音韻意識を自然と発達させていっています(代表的なのが「しりとり」ですね)。


さて、事例を見ていきましょう。

事例では「Aの学校でのテストの成績は中程度よりもやや上に位置している。試験に対しては出題される範囲をあらかじめ学習し、試験に臨む姿もよくみられる」ということから、リテラシーが不足しているわけではないことがわかりますね。

以上より、選択肢①は不適切と判断できます。



② メタ記憶が十分に発達していない。

認知心理学的アプローチの基本的モデルとして、記憶の情報処理モデルがあります。

外界の情報はまず「感覚記憶」に入力されます。

感覚記憶には、視覚情報は1秒程度、聴覚情報は5秒程度留まるだけで、ほとんどの情報はそのまま棄てられることになります。

感覚記憶に入った情報のうち、注意を向けられたものだけが次の「短期記憶」に入ります。


短期記憶に入る情報容量として有名なのは「不思議な数字 7±2」という論文ですね。

正確には「7±2チャンク」であり、チャンクとは「情報のまとまり」ですから、単語であればそのスペル数で換算ではなく、単語を一つのチャンクとして数えていくということになります。

短期記憶に情報は15~30秒程度留まり、そして棄てられていきます。

短期記憶の情報のうち、リハーサル(何度も繰り返して覚える)などの意識的な処理を受けたものが「長期記憶」に入ります。


長期記憶は手続き的記憶と宣言的記憶に分けることができます。

手続き的記憶とは、自転車の運転のような、言葉で表現することが難しい動作的な記憶を指します。

また宣言的記憶は、言語により記述できる知識です(言葉で宣う知識ということですね)。

宣言的記憶はさらに、意味記憶(辞書的な記憶が代表)とエピソード記憶(日常で経験したことの記憶で、固有の記憶と言える)に分けられます。


この記憶の情報処理の過程は、メタ記憶により制御されています。

メタ記憶とは、記憶に関する知識(これは長期記憶の中に入っています)とメタ記憶的活動(コントロールやモニタリング)から成り立っています。

記憶に関する知識とは、覚えやすい・覚えにくいものはどのようなものか、記憶するために有効な方法は、物事を忘れないようにするには、思い出すにはどのような方法があるか等の知識を言います。

このような記憶に関わる知識に基づいて、覚えようとする単語をマーカーで塗って注意を引くようにしたり、口で復唱するなどの工夫をするわけです。

メタ記憶的活動のコントロールとは、記憶の目標設定やプランニングを行うこと、モニタリングとは自分の記憶の状態を監視しチェックする機能を言います。

この機能があるために、我々はもう覚えたと思われる単語の学習はやめ、まだ覚えていない単語に集中したり、繰り返し復唱するなどの学習を行うことができるわけです。


事例のAの課題は「その試験を乗り切ることだけを考え、試験が終わると全てを忘れてしまう質の低い学習をしているように見受けられる。勉強に対しても、ただ苦痛で面白くないと述べる場面が目につき、学習した内容が知識として定着していない様子も観察される」という点に集約されます。

これらは「覚えやすいものと覚えにくいものがわからない」「覚えるための有効な方法がわからない」「覚えるための工夫ができていない」等のようなメタ記憶の問題と見なすことはできませんね。

Aはそれなりに勉強はできており、「中程度よりもやや上に位置している。試験に対しては出題される範囲をあらかじめ学習し、試験に臨む姿もよくみられる」という点からも、やるべきことがわかっていないなどのメタ記憶と関連するような問題が起こっているとは捉えることができません。

よって、選択肢②は不適切と判断できます。



③ 深化学習や発展学習が不足している。
④ 機械的暗記や反復練習が不足している。

意義ある学習にするためには、教科ごとに目標として定められている知識や技能を習得すること、習得内容が実生活の場面に活用できる(教育心理学でいう「転移」)ようにすること、しかもこれを自分の力で行えるようにすることが必要です。

それを可能にするためには、自分を制御する働き(メタ認知)の育成も大切になってきます。

つまり、知識・技能の転移を促す習得法や、メタ認知を育成する方法など、学習にはさまざまな技法が求められることになります。


深化学習はそうした習得法の一つです。

新出事項に接したとき、概念の意味を理解したり、そこに展開されている知識体系を把握したり、既有知識との関係を理解したりすることを「深化学習」と言います。

深化学習を行うにあたっては、同じ本質のものをまとめて覚える「群化」、似た概念の差異を確認する「対比」、知識の前提を確認する「階層性の把握」が必要ですし、教科書や解説参考書などの「資源の活用」も求められます。


また、与えられた知識のみに満足せず、その知識が活用できる場面を考えたり、別の分野の知識との関係を考えたり、新たに出てきた疑問を解決するような学習行動を「発展学習」と言います。

発展学習の過程では、新しい事実が見えてきたり(概念の形成)、法則を発見したり(法則化)することがあります。

学問の世界では既知の内容であっても学習者にとっては新発見になるので、学習が楽しいと感じるよい機会です(ある精神分析学者が、既存の知識を「発見」した時にそのことを批判され、「このことを私の文脈で発見したことに意義があるのです」と言ったらしいですね。大切なのは、学習者にとっての「発見」であることです)。

このためには、辞典類、専門書、インターネット等の各種資源も役立ちます。


ただし、深化学習や発展学習をしただけでは学習内容が十分に定着しませんから、定着のための作業が必要です(つまり、定着作業も大切になってくる)。

各教科内で習得することが求められている知識や技能を抜き出し、身に付けようと意図しながら練習する(意図的学習)必要がありますし、メタ認知が優れている人は効果的な学習が可能になります。

こうした深化学習、発展学習、定着作業を効果的に行うための方略を学習方略と言います。

例えば、ノート整理、色分け、図解などは「視覚的方略」であり、知識の構造を把握したり、イメージ化することで意味を理解するなどの効果があります。

その他、他者に説明することで理解確認をする、無意味材料を歌にして覚えるといった記憶術など、多くの学習方略が示されていますね。


さて、ここで事例を見ていきましょう。

事例のAは「その試験を乗り切ることだけを考え、試験が終わると全てを忘れてしまう質の低い学習をしているように見受けられる。勉強に対しても、ただ苦痛で面白くないと述べる場面が目につき、学習した内容が知識として定着していない様子も観察される」とされます。

こうした、試験に出そうなところを調べて、その部分の定着作業だけを行い、試験が終わったら内容を忘れてしまうような質の低い学習法を「ごまかし勉強」と呼びます。

有意味学習を行わないために、もっぱら機械的暗記と反復練習に頼ることになり、試験が終われば忘れてしまうため学習内容は身に付きません。

ごまかし勉強では、深化学習や発展学習があまり行われないため、学習から楽しい要素が激減し、学習が学習者に労役として認知されてしまいます。

しかし、範囲の狭い定期試験等ではこの労役でもある程度の成績が取れるため、ごまかし勉強こそが正しい学習法であるという誤解も出てきます。

少子化により受験圧力が減り、定期試験さえ乗り切れればよいという現状で、ごまかし勉強をする学習者が増えています。

ごまかし勉強を容易にする過保護な教材や、試験前に出題箇所を教えるような教授行動等が、この傾向に拍車をかけています。

ちなみに、過保護な教材として挙げられるのは、定期試験予想問題集、要点集、暗記材料、マーカー等とされています(公認心理師試験でもお馴染みですよね!)。


このように見れば、Aがごまかし勉強をしていることは明白だとわかりますね。

その背景には「機械的暗記(意味を考えずに丸暗記)」や「反復練習」を多用していることがあり、それがAの「勉強に対しても、ただ苦痛で面白くないと述べる場面が目につき、学習した内容が知識として定着していない様子も観察される」という状態を生んでいると言えます。

以上より、選択肢④は不適切であり、選択肢③が適切であると判断できます。



⑤ 具体的操作期から形式的操作期へ移行できていない。

本選択肢の内容が、ピアジェの理論の概念であるとわかることが解くための前提になっていますね。

この点については過去問にも出てきていますので、確認しておきましょう。


ピアジェは人の認識の発達段階をまず大きく乳児期の「感覚運動段階(いわゆる感覚運動期)」とそれ以降の「表象的思考段階(前操作期・具体的操作期・形式的操作期)」に分けます。

感覚運動的段階は、まだ言語やイメージの機能が十分ではなく、行動や感覚によって外界を認識・理解しようとします(だから「感覚・運動」という言葉が入っている)。

乳児や物を触ったり、しゃぶったりして、それを理解しようとすることになります。


表象的思考段階になると、実物を離れ、イメージや言語(=これを表象と呼ぶ)を用いて考え、理解するようになります。

表象的思考段階は、7歳頃を境に前操作的思考段階(前操作期)と、操作的思考段階(具体的操作期・形式的操作期)に分かれます。

この「操作的思考」とは、頭の中で行われる論理操作を用いた思考を指しています。

2歳~7歳くらいの前操作期は、まだそのような論理操作ができていない段階です。

この前操作期は、更に「象徴的思考段階」と、それ以降の「直観的思考段階」に区別されています。

象徴的思考段階では、イメージや言語を使って頭の中で想起したり関連づけたりしており、見立て遊び、ごっこ遊びなどが出現することになります。

この時期の子どもは経験が不十分なため、彼らのもつ概念と大人の概念は異なり、こうした未熟な概念のことを「前概念」と言い、上位概念と下位概念の区別のない主観的な概念分けが行われています。

この時期の思考の特徴として、人工論(世の中のものは全て人が作った)、生命論(物には全て生命や心がある。アミニズム。信仰の始まりと考える向きもある)、実念論(考えたことや夢で見たことは実在すると考える)などがあります。


直観的思考段階では、徐々に世界を概念化し理解するようになりますが、対象のもつ目立ちやすい特徴に惹きつけられるとそれに基づいた判断になりがちです。

それを明確に表しているのが「保存の法則」の未成立という状態です(同じ量の水でも、見た目の大きさの違うコップに注ぐと量が変わると考える。要は見た目に左右されている)。


操作的思考段階は、7歳~11歳ごろの「具体的操作期」と、11歳以降の「形式的操作期」に分けられます。

具体的操作期では、物事を論理的に考え結論づけることはできますが、まだ具体的・日常的な事柄に限られ、非現実的な前提に立っての推論や、抽象的な推論を行うことは不可能です。

この段階では、けっこう正しそうな理屈を言うことができますが、実生活の体験や欲求と離れていないので、独りよがりになったり、一般性に広がらない「子どもの理屈」に留まったものになりがちです。


形式的操作期になると、具体的・生活的な事柄やイメージを離れて、抽象的な概念操作による論理的な思考ができるようになってきます。

具体的操作期が「算数」ができる段階とすれば、形式的操作期は「数学」ができる段階であり、理屈を理屈としてしっかりとコネコネできるようになるわけです。

目の前にあるドーナツを何人で分けるとか、そういうレベルから離れて、連立方程式、三角関数、微積分といった抽象的な論理操作が可能になる段階が形式的操作期と言えます。

ただ、こうした日常体験から離れた思惟ができるようになることで、頭でっかちになってしまったり、地に足が付いていない(実生活から離れてしまっている)概念にとらわれるという危険もあります(思春期の思考でそういうのってありますよね)。


以上がピアジェの理論を簡単にまとめた内容になります。

事例Aの問題は「その試験を乗り切ることだけを考え、試験が終わると全てを忘れてしまう質の低い学習をしているように見受けられる。勉強に対しても、ただ苦痛で面白くないと述べる場面が目につき、学習した内容が知識として定着していない様子も観察される」ということですが、これはAの発達段階が具体的操作期に留まっているために生じているとは言えないことがわかると思います。

Aは13歳であり、その学年のテストでは「中程度よりもやや上に位置している」います。

これは、Aが形式的操作期の段階に入っていることを示唆していますね。

つまり、Aの状態は「形式的操作期に発達段階が入っておらず、学習内容についていけないから生じているのではない」ということができます。

よって、選択肢⑤は不適切と判断できます。


Share /

0 件のコメント

コメントを投稿

About Me

小学校~大学までの教育領域で臨床活動をしています。また10年以上、臨床心理士資格試験対策の勉強会に携わってきました。
このブログでは公認心理師および臨床心理士の資格試験に向けた内容をアップしていきます。時々、コラムや読書録なども。

Followers

CONTACT

名前

メール *

メッセージ *

© 公認心理師・臨床心理士の勉強会
designed by templatesZoo