公認心理師 2019-128

2019年10月25日金曜日

問128はピアジェの発達段階論に関する問題です。
ピアジェの理論は数ある発達理論の中でも有名なものですが、やや難解な面もあるので細かく理解するのはけっこう大変だと思われるかもしれません。
ここではできる限りわかりやすく解説していきたいと思います。

問128 J.Piagetの発達段階説について、正しいものを2つ選べ。
①発達段階は個人によってその出現の順序が入れ替わる。
②感覚運動期の終わり頃に、延滞模倣が生じる。
③前操作期に入ると、対象の永続性に関する理解が進む。
④形式的操作期に入ると、仮説による論理的操作ができるようになる。
⑤具体的操作期に入ると、イメージや表象を用いて考えたり行動したりできるようになる。

ピアジェの発達段階論の基本的な内容を問うていると思いますが、解説は長くなりました。
ある一部分だけを抜き出しても「正誤の判断」はできても「正誤の説明」はできませんから、できるだけ順を追って説明していきました。

ちなみに、参考にした書籍はあるのですが、かなり古いのでブログパーツが作れませんね。
各理論家やその理論内容の説明って、古い書籍の方がマニアックに、詳しく書いてあることが多いので助かります。



解答のポイント

ピアジェの発達段階理論に関しての大枠を理解していること。



選択肢の解説


①発達段階は個人によってその出現の順序が入れ替わる。

ピアジェの発達段階論では、発達を感覚運動期・前操作期・具体的操作期・形式的操作期に分けて論じています。
各発達段階がどういう意味を持つかは別選択肢での解説に譲るとして、ここではもう少し全体的な解説をすることにしましょう。

まずピアジェの理論を理解するのに欠かせないのが「シェマ」という概念に関する理解です。
シェマはピアジェ理論の中核概念と言えます。

シェマとは「自分が引き起こせる行動の型」「その行動を可能にしている基礎の構造」と言えます。
手を閉じたり開いたりするのも、そういうシェマを持っているためと考えます。
これは動作ですが、イメージや概念もシェマということになります。
犬の概念を頭で思い浮かべたり、母親のイメージを自分の内に持っていたりすることができるはずです。

わかりやすく言えば、人間の知性というものは、環境から与えられた体験を取り入れて、それによって外界に対する自分なりの「捉え方」「型」を作っていくわけです。
その「捉え方」「型」のことをシェマと呼ぶのです。
始めは感覚的なレベルのシェマが、体験を積み重ねることで概念的になっていくという流れをピアジェは示しています。

シェマを理解する上で、同化と調節という概念は欠かせません。
先述のように「環境から与えられた体験を取り入れること」を同化と呼び、これに対して、「外界に応じて自己のシェマを改変していくこと」を調節と呼びます。
学びの体験では、自分の持っているある概念の中に新たな知識を加えるときに「あー、わかった」となりますが、これは同化という現象が生じているわけです。
ただ、学ぶ上ではいつも同化ばかりができるわけではなく、自分のシェマを変えていかないと同化できないこともあるでしょう。
そういう時に調節が行われるわけです。
即ち、同化していって、同化しきれないと矛盾が生じ、それで調節が起こり、また新たな同化が起こる…ということになり、そういう形で次第にバランスが保たれていくことを「均衡化」と呼びます

ピアジェは研究の主眼を認識(知的発達)に絞った研究者であり、言い換えるなら、ピアジェの発達論は「シェマの発達論」ということになります。
シェマ同士がどのように構造化され、より高次の組織化が作られてゆくのかを理論化したものと言うことができ、その過程を人間の発達の中核とし、他の諸側面の発達はそれと関係づけてゆくことにより説明が可能であるとピアジェは考えていたということです

先述した感覚運動期・前操作期・具体的操作期・形式的操作期(ピアジェの示した発達段階ですね)に沿って、シェマの構造の変化を(めちゃくちゃ大まかに)述べていくと以下の通りとなります。
感覚運動的シェマが外界との交渉が増すにつれて多様化し、そのシェマ同士の間に協応(関係づけ)が進むことにより、内面化が起こって新しい構造をもったシェマであるイメージ(前概念的なシェマ)が形成されます。
更に、イメージが多様化していき、イメージ同士の間に協応(関係づけ)が進むとそれが内面化し、それが繰り返されることで組織化されてくると、新たに概念シェマが形成されます(具体的な概念シェマということになります)。
この概念シェマは、外界の具体的なものと結びついたシェマですが、それが多様化し、それらの間の協応(関係づけ)が進むと、そこに抽象的な概念シェマが形成されていくことになります。
このように、シェマは、多様化、シェマ間協応、内面化組織化を繰り返すことによって、より新たな構造をもったシェマの段階に進み、より内面化され抽象化された認識活動が可能になるということです

即ち、各段階のシェマの発展は、前段階のシェマの発展があってこそ成り立つものであると言えます
つまり「前概念的なシェマ」が生じていないと、その後の「具体的概念シェマ」や「抽象的概念シェマ」が生じることはないので、4段階のうち、いずれかの順番が変わるということも理論上(実際上も)あり得ないと言えます。

以上より、選択肢①は誤りと判断できます。



②感覚運動期の終わり頃に、延滞模倣が生じる。

感覚運動期はピアジェの発達段階の最初の段階となります。
感覚運動期に関して一番の基本となるのは「知能の誕生」です。
こちらとともに感覚運動期を扱った三部作が「実在の構成」と「象徴の形成」となります(訳書がないものもありますし、古くてブログパーツが作れない…)。

ピアジェにとって、知能というのは外界への適応であり、それらが同化・調節という機能を通して行われていきます。
感覚運動期は、更に6段階に細分化してピアジェは論じていますが、その発達をまとめると以下の表になります。


一番左が「均衡」となっており同化と模倣がイコール関係になっている状態です。
そして、模倣と遊びという項目がありますが、これらはピアジェにとって知能と並んで重要な働きをするものと考えていました。
いわゆる調節が同化を上回る場合に「模倣」が生じ、逆に同化が調整を上回る場合に「遊び」が生じるとピアジェは定義しています。

出生後の反射シェマ行使の時期から出発して(Ⅰ段階)、乳児が種々の動作シェマを確立し(Ⅱ段階およびⅢ段階)、それらが多様化し、更に互いに協調させながら、目的手段関係において使いこなせるようになり(Ⅳ段階)、シェマが柔軟になり試行錯誤的に新しい手段の発見が可能になり(Ⅴ段階)、更には、動作的に予期や洞察行動を示し得る(Ⅵ段階)ようになっていきます。
この段階では、イメージや言葉記号による象徴過程は見られませんが、この段階の最終気においては、イメージが形成される直前まで達していると言えます。

ここでは本選択肢の内容に準じ、模倣を中心に見ていきたいと思います
上記の第Ⅱ段階では、循環模倣が見られます。
循環模倣は、子どもが何か動作しているときに、こちらもその動作をすると、子どももまたその動作をするという現象を指します。
しかし、この段階では子ども(まだ赤ん坊ですね)が、何も言っていない時に、いきなり赤ん坊の前で何かをしても、それを模倣するということはありません。
赤ん坊がした時に、こちらがすることで模倣するということですね。

それが第Ⅲ段階になると、子どもが実際にやっていない時でも、その子が普段からやることができる動作、すなわち、その子どもの動作シェマのレパートリーに入っている動作をこちらがすると、子どもは自分の動作を呼び起こすることができます。
つまりこの段階では、必ずしも子どもがやっていなくても、子どもが既に持っているシェマならば呼び起こすことが可能ということですね。
このように第Ⅲ段階になると、第Ⅱ段階の制限条件である「子どもが厳にその行動をしているときに限る」という条件が外されてくるということです。

ただし、この第Ⅲ段階ではまだ、別の制限があります。
それは「既得のシェマであると同時に、目に見える動作でなくてはならない」という制限です。
例えば、口の開け閉めはシェマとしては持っているが、自分で見えないので第Ⅲ段階では、そういう模倣は困難です。
それが第Ⅳ段階になると、これらの制限が外れ、更に全く新しいシェマでも、それを示されるとある程度模倣できるようになります。
親が子どもに芸を教えることができるのはこの段階からということですね。
この段階からは「既得のシェマであると同時に、目に見える動作でなくてはならない」という制限が除外されてくるわけです。
そして、第Ⅴ段階になると、第Ⅳ段階の動作が素早くできるようになってきます。

更に、最後の第Ⅵ段階になると、遅延模倣(=延滞模倣)が見られるようになります。
第Ⅴ段階までは模倣ができるためには、モデルが目の前にあること、もしくは、たった今見たばかりであるという時間的制限があったが、第Ⅵ段階になると、その制限が外れて、今度は過去に見た動作を再現することが可能になります
保育園で見た友達の動作を、その日の夜に家で示す、などですね。
つまり、場と時が異なっても模倣が可能になるということです。
ここでは、モデルが内面化されて、その頭に取り入れたモデルに合わせて模倣を再現していると言え、いよいよ表象成立の直前まで来ていると見なすことができます。

以上より、選択肢②は正しいと判断できます。



③前操作期に入ると、対象の永続性に関する理解が進む。

ここで重要なのは「対象の永続性」と「保存の法則」をごっちゃにしないことです。
対象が知覚野から消えても存在が消えるわけではないというのが「永続性」であり、知覚上のかたちが変わっても量が変わるわけではないというのが「保存」です。

選択肢②で感覚運動期は6期に分かれると述べましたが、対象の永続性は感覚運動期の第4段階で獲得されるものです。
ピアジェはこれを確かめるために、子どもが遊んでいたおもちゃの上に布をかぶせてみました。
そうするとこの段階に入る前の子どもは、おもちゃが見えなくなると、あたかもそれがこの世界から消えてなくなったように振る舞いますが、この第Ⅳ段階になると、すぐに布を払いのけて、その下のおもちゃを取り出します。

ピアジェはこれを子どもの発達上大切な行為であり、対象の永続性の理解と呼んでいます。
物が見えなくなっても、物は物自体として存在するという概念の基本ができあがるということです。

「いないいないばぁ」が楽しめるのは、こうした対象の永続性が不確かだからです。
ある程度の年齢に達してしまえば、「なくなる・なくならない」というスリリングな体験に伴う興奮とそれを楽しむ感覚は失われるのが当然と言えますね。
「いないいないばぁ」はスリルを楽しんでいると理解しておくことが大切です。

さて、この段階では「2次的シェマの協応」「手段-目的の分化」が成立するとされています(選択肢②で示した表をご参照ください)。
2次的シェマの協応は、上記の実験で、子どもは左手で布を払うという動作と、右手でおもちゃを掴むという動作という、2つのシェマが協応して働いていると言えますね。
更に、それが、掴むのが目的で、布を払うのが手段という、手段-目的の分化が成り立っているということです。
これらは、子どもが自分の行動を引き起こす以前に目的(自分の欲する結果)を立てられること、つまり事前に意図を持った行為が可能になることを示しています。

以上より、選択肢③は誤りと判断できます。



④形式的操作期に入ると、仮説による論理的操作ができるようになる。

具体的操作期になると、子どもは自分が具体的に理解できる範囲のものに関しては、論理的な操作によって思考したり推理したりすることができるようになります。
クラスと系列についての思考の枠組みができ、更に数についての理解が成立します。

前操作期では、論理的な思考の枠組みができあがりつつも、知覚の束縛から抜け切れずにいました(保存の法則が未成立なのがその傍証ですね)。
具体的操作期になると、知覚に惑わされることなく、自己の頭のなかで筋道を立て、物事を系統立てて考えることが可能になってきます。
つまり、現実を論理的に再構成することが可能になってくるわけです。

ピアジェは、こうした論理的思考操作の体系を「群性体」とよび、その成立が子どもの認識の発達過程において重要であることを強調しています。
ピアジェは群性体を9個想定しており(保存の法則に必要な非相称関係の情報操作に関するものがその一つです)、これらが成立してくることで目の前の状況に左右されずに、一応はまとまった論理的枠組みで思考が可能になります。

しかし、学童期でのこの思考には限界があります。
具体的操作という名が示す通り、操作を施す対象が具体的なもの、もしくは、子どもが一応具体的に理解できるものに限られていることであり、問題の内容によっても左右されやすく、思考の形式が内容から完全には自由になっていないということです。
こうした限界を超えて、命題に関する仮説演繹的思考ができるようになるのは、次の形式的操作期となります。

形式的操作では、具体的対象から離れて、可能性の文脈において、仮説演繹的に物事を考えることができるようになってきます。
具体的操作段階では、可能性の世界を想像はしても、あくまでも、目の前の具体的現実や経験から出発した推測に留まるのに対し、形式的操作段階では、可能性の正解から出発して、あらゆる可能性の中の一部の現われとして現実を位置づけることができます。
すなわち、起こり得るあらゆる場合の組み合わせをリストアップし、その中の一つが、今目の前の事象として現れているという形で現実を捉えるということになるわけです。

具体的操作では現実の束縛により、思考内容が目の前の現実から独立していません。
これに対して形式的操作では、論理形式のみに従って推論が行われ、形式と内容を分離して扱うことが可能になります。
従って、場合によっては、現実にあり得ない結論に達しても、その推論形式に誤りがないことが確認されれば是認されます。
それはつまり、形式操作では現実そのものを扱うのではなく、命題を扱う操作であるということを示しています。
具体的操作では、その思考の対象は具体的対象なのに対して、形式的操作では、自分の思考そのものを思考の対象としているわけですね(「操作の操作」と称されることがあるのもそのためです)。

例えば、具体的操作では、リンゴをどう分けるか、買い物でいくら必要か、といった具体的なイメージを通して理解可能ですが、形式的操作では連立方程式や微積分などの具体性から遠ざかった抽象的な論理操作が可能になってくるということですね。
具体的操作が算数なら、形式的操作は数学という感じでしょうか。
ちなみにピアジェの理論は抽象的な表現が多く、これを読みこなすには形式的操作期に達していることが求められます。

以上より、選択肢④は正しいと判断できます。



⑤具体的操作期に入ると、イメージや表象を用いて考えたり行動したりできるようになる。

前操作期は2歳頃~4歳頃の象徴的思考段階と、4歳頃~7歳頃の直観的思考段階に細分類することができます。
感覚運動期の最後の方では、何かを見立てるというFictionの世界が入ってきます

そして前操作期の象徴的思考段階では、感覚運動的なシェマが内面化されて初めてイメージが発生し、それに基づく象徴的行動が開始されます。
またこれと同時に、コトバ記号の組織的獲得が急激に前進するとされています。

いろいろなものを、他の様々な物に見立てて遊ぶ象徴的遊びが盛んになるのもこの時期で、そこには「意味するもの」と「意味されるもの」の関係が分化し、子どもは象徴的意味の世界で生活するようになります。
この時期の子どもの言葉や意味を支えているものは、子どもが抱く個々のイメージを中心とした「前概念」とも言うべきものであり、そこでは、大人の概念に見られるような類それに属する個との関係の把握は十分ではありません。
そのため、この前概念にもとづく推理も、特殊から特殊へと結びつく、いわゆる転導的推理が行われやすいです。

上記の通り、前操作期、その中でも象徴的思考段階では、現在の瞬間に知覚してはいない事物や現象について心に描く像(=表象≒象徴)やイメージを通して、物事を考えたり行動したりすることが示されております
この時期に特徴的なものとして「象徴的思考」や、「アニミズム(生命のない事物・事象に対して、それらはすべて生きていて意識のある存在であるという考えのこと)」などが示されているのも、そうした流れがあるためです。

続く(前操作期の)直観的思考段階になると、概念が進み、事物を分類したり関連づけたりすることも進歩してきます。
ただし、その際の推理や判断が直観作用に依存しているのが特色で、分類や状況の理解の仕方が、その時々の知覚的に目立った特徴によって左右されて、一貫した論理的操作にはなりません。
直観的思考段階では、論理的な思考の枠組みができあがりつつも、知覚の束縛から抜け切れず、両者が葛藤しながらも後者が優勢という段階ということですね。

このように、選択肢の内容は具体的操作期ではなく前操作期の象徴的思考段階であると言えます。
以上より、選択肢⑤は誤りと判断できます。

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小学校~大学までの教育領域で臨床活動をしています。また10年以上、臨床心理士資格試験対策の勉強会に携わってきました。
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