公認心理師 2019-73

2019年09月08日日曜日

問73はSCとしてのアセスメントにまつわる「初期対応」を問うものになっています。
こういう対応を考えるときには「柔らかなアセスメント」が大切だと思います。
つまり、それを実践するために多くの労力が必要だったり、実践したら「後には戻れない」ようなアプローチは「柔らかくない」ですよね。
いつでも後戻り可能で、柔軟性があり、当人達への心理的圧迫感の少ないアセスメントを、私は個人的に「柔らかなアセスメント」と呼んでいます。

問73 8歳の男児A、小学2年生。入学当初から落ち着きがなく、授業中に立ち歩く、ちょっとしたことで怒り出すなどの行動があった。2年生になるとこのようなことが多くなり、教室から飛び出し、それを止めようとした担任教師に向かって物を投げるなどの行動が出てきた。
 Aの行動を理解するためのスクールカウンセラーの初期対応として、不適切なものを1つ選べ。
①Aの作文や絵を見る。
②Aの知能検査を実施する。
③1年次の担任教師からAのことを聞く。
④担任教師や友人のAへの関わりを観察する。
⑤Aの過程での様子を聞くために、保護者との面接を担任教師に提案する。

この事例では、何がわかっていて、何がわかっていないのかを把握し、その上でスクールカウンセラーとしての初期対応を理解していることが求められます。

現時点では「入学当初から落ち着きがなく、授業中に立ち歩く、ちょっとしたことで怒り出すなどの行動があった。2年生になるとこのようなことが多くなり、教室から飛び出し、それを止めようとした担任教師に向かって物を投げるなどの行動が出てきた」ということが示されており、ADHDやその周辺の問題が予測されます。

ですが、そのことを確定させるためにはまだまだ情報不足です。
「落ち着きのなさ」「怒りの出やすさ」などは、養育環境によっても出現する頻度が高くなる問題ですし、2年生になってから問題が悪化しているというのも学校での関わりを精査していく必要があるポイントと言えます。

本事例では、こうした点を明らかにしていくということが「初期対応」として求められるわけですが、それに「スクールカウンセラーとして」という条件が加わるわけです。
そのことを踏まえて選択肢の解説に入っていきましょう。



解答のポイント

事例の状態から想定される問題を理解している。
その問題をアセスメントしていくときのSCとしての作法を心得ている。



選択肢の解説


②Aの知能検査を実施する。

既に述べたように、ADHDやその近縁の問題は、さまざまな要因によって起こり得ます。
まずは「落ち着きのなさ」を引き出すような養育環境、例えば、躾と称して手が出ることが多い場合、過剰に指示・方向づけがある場合、下にきょうだいがいて我慢が多くなっている場合、などで子どもの特徴を絡み合うことでADHDに似た状態を呈することがあります。

また、学校の対応でも「落ち着かなさ」が生じてしまう場合があります。
例えば、孤立感を感じさせるような関わり方、箸の上げ下ろしまで口を出すような指導の仕方、場合によっては担任の声質なども考慮に入れる必要があるでしょう(そこまでいくと、それこそADHDの可能性も高くなるわけですが)。
2年生になって悪化していることが見て取れますから、その辺の検証も必要ですね。

医療機関などでは来談した時点で各種知能検査を実施して、その児童の問題を医学的に把握していくことになるでしょう。
しかし、学校ではそうやすやすと知能検査を実施することはできません

文部科学省が示している「スクールカウンセラーの業務」の中に、検査の取り扱いに関する項目があります。
  • スクールカウンセラーは、心理検査を用いた査定(アセスメント)が行えなければならない。すべての心理検査を実施できる必要はないが、医療、児童福祉、司法などの、心理判定を主たる業務とする専門機関と連携して事例に対応する局面が多いので、少なくとも代表的な心理検査については、その結果の見方を知っていなければならない。
  • 心理検査を行うときには、それが何を測定するどのような検査で、その実施がなぜ必要であるのかが、被検査者に対して告げられなければならない。インフォームドコンセントのない状態で心理検査を行ってはならない。また、心理検査の内容は、厳しく守秘されなければならないプライベートな情報であるので、その情報がスクールカウンセラーと被検査者以外には漏れないように細心の注意を払わなければならない。
  • 検査結果は、被検査者に対して説明されなければならない。
現時点ではAへの周辺情報や先に述べたような養育環境等に関する情報収集が済んでおりません。
ですから「落ち着かなさ」があるだけで知能検査を実施するというのは、やや拙速な対応ということになります

先ほど、「医療機関では~」ということを述べましたが、教育機関では情報収集が手広く行うことができます。
それまでの学年の先生方から話を聞くことができたり、これまでの担任達の関わり方について管理職から客観的な意見を聞くことができたり、当該児童が授業の中で作成したものを見ることができたり、他の児童との関わりやどういった児童と仲が良いかを把握できたり、保護者を呼んで家庭状況を聞くことも可能です

こうした情報網の広さは、児童の状態をアセスメントしていく「状況証拠」として非常に重要なものになります(そもそも心理的なアセスメントは状況証拠に拠っている面が大きいのです)。
こうした細やかな情報収集によって、やはり何かしらの発達的な課題があるだろうと判断された後に、医療機関受診を勧めたり、知能検査を実施の提案ということになるでしょう

ちなみに、SCが知能検査を実施してよいとしている県とそうでない県があります。
もちろん、実施できたり検査結果を読みこなすことは大切なのですが、資格取得後1年~2年のSCもおり、「あのSCはできるのに、このSCはできない」という状況が起こると初心のSCには厳しい状況となります。
また、検査を実施したのちの説明を「うまく行えるか」については、それなりにカウンセラーとしての力が必要で、それが学校組織への反発とならないようにしていくという配慮も求められます。
そのため、地域の特別教育の先生方が巡回する中で知能検査を実施するなどの対応を採ることが多いようです。

以上より、選択肢②は不適切と判断でき、こちらを選択することが求められます。



①Aの作文や絵を見る。

既に述べたように、学校では手広く情報収集を行うことが可能です。
本選択肢にあるような当該児童が学校の中で作成した作文や絵を見るというのも、その一環と言えます。
SCであれば、事前に先生方が気になっている児童の名前を聞いて、その児童の展示物を見るというのは当たり前に行っている業務であろうと思います

例えば作文。
ADHDの中には情報を客観的に示すのが苦手な子どもや、興味を惹かれた箇所に重点を置きすぎるなどの傾向を示す場合があります(小論文などは得意な子もいますね)。
また、感じたことをどのように表現したらよいかが分からない、順序立ててものごとを考えることが難しい、イメージをふくらませることが難しい、といった特徴を反映していることも考えられます

「作文が苦手」はよく聞く話ですが、作文を書くためには複数の能力がある一定のラインを超えていることが求められます。
文章理解もそうです。
算数の文章題は、WISCの「全検査IQ」に問題がなくても、下位検査のどれか一つが低いだけで苦手になってしまうことが見受けられます。
そういう「多因子」が「ある一定のラインを超えている」という条件が必要なため、文章を理解するということはそれなりに大変なことなのです。

ただし作文の場合「やり方がわかれば大丈夫」という人もおりますね。
最初から起承転結の道筋のパターンを保有することで、それを取捨選択して「いつもそれなりのもの」を提出することが可能になります。
ただし、こういう書き方では「本当に人を惹きつける文章」「迫力のある文章」にはならないのですけど。

個人的には「字」にも注目します。
例えば、小さいマスに納めることができているか、字の整い具合はどうか、などです。
もちろん、これらができていなければ即問題ありというわけではありません。
この辺は年齢を重ねることで改善することも多い特徴なので、もしもそのことを過剰に注意していたり、書き直しをさせているなら、多少の助言が必要になることもありますね。

臨床心理士資格試験で小論文がありますが、大学教員として試験対策をしていた時に模擬テーマで学生に書かせていました(模擬テーマがヒットした割合は2割。つまり10年で2回模擬テーマが本番で出題された。該当した年の学生はラッキーでしたね)。
本当に文章にはその人の人格や心理状態が反映されます。
普段から主観を排する傾向にある人は文章は理論的ですけど自分の体験を入れ込むのが苦手だったり、普段から要領を得ない人は文章もそうなりがちだったり、冗長に言葉の煙幕を張る人は文章も同様だったり、個性的だけど安定している人は特徴的な理路で書くけど最後はまとまっている…などです。

ちなみに臨床心理士の小論文は10回やったくらいから「合格するのに問題ないレベル」に誰でも安定して達することができます。
10回ちゃんとやる人が少ないだけで。
以前もコラムを紹介しましたけど、勉強を「徹底的に」「根気強く」している人って、実は本当に少ないんですよ(だから、それをするだけで周囲と差が出てきます)。

小中高の国語の先生方と話しても、「文章にはその人らしさが出る」という意見を聞きますね。
どうやら「問題作成の仕方」にも人格が出るようで(ある先生は模試の問題を見て「こんな問題を作るような奴は友達がいない」と言っておりました)。
いずれにせよ、文章として示されるものには、多少なりともその人の特徴が反映されると見なすのはごく自然であり、そこをSCがアセスメントの一環として用いることは当然行うべきものであると言えるでしょう

絵については、更に広い知見があるでしょう。
まず心理状態を把握するのに絵を描いてもらうというのは、いわゆる描画法でかなりの知見が蓄積されております。
空間象徴理論などを援用することもあるでしょうね、場合によっては。
わかりやすい捉え方として、「その絵そのものから伝わるエネルギー」をどの程度感じるのかは大切なポイントですね。
細かいことでは枠からのはみ出し具合などでしょうか。

発達的な課題があれば、特定の色しか使わない、毎回同じ色の組み合わせしかしない、なども見られるかもしれません。
その辺の感覚は「毎日学校で発達的な特徴がある子どもたちの絵に触れる」ことでしか得ることができないのかもしれないです。
カウンセリングで行う描画法によって描かれるものとは、一線を画すものです。

もちろん、作文や絵は「様々な要因が複雑に絡み合って」表出される、一表現にすぎません。
よって、それによって何かを同定するということは難しいのですが、その人の個性や人格特徴、心理状態が反映されるということは確かですから、そういった側面から当該児童の心理状態や特性を掴んでいくというのは柔らかなアセスメントとして重要かなと思います

以上より、選択肢①は適切と判断でき、除外することが求められます。



③1年次の担任教師からAのことを聞く。

事例では2年生になってから、更に問題が大きくなっていると受け取ることができます。
この背景に何があるのかを検証していくことが重要です。

まずは担任の関わりを考えていくことになるでしょう。
関わりだけでなく、性別の違いや、その性別の違いが児童の家庭環境を踏まえるとどのような影響がありそうかを予測するなどです
例えば、母親が再婚していたら、継父へのイメージが反映されることもあるでしょう。

2年生になって変わるのは、担任だけではありません。
学習内容も1年生の保育園・幼稚園の繋がりを感じさせるものから、小学生の学習内容に本格的に入っていくことになります
そこに付いていけているか否かが大切です。
そういった学習のつまずきによって落ち着きのなさが膨らむ児童はかなり多いです。
ベテランの先生なら、1年生のときの様子から、2年生の学習内容にどの程度ついていけるかという見通しもあることが多いです。

周囲の児童の関わりの変化も大切になります。
例えば注目欲求が背景にあって落ち着かなくなっている場合、1年生のときには反応していた周囲の児童が「成長を遂げたために」無反応になっていくことも考えられます。
この傾向は3年生、4年生と進むうちに拡大していきます(もちろん、それが悪いわけではない。その特徴を使って、本人の支援に繋げていくというアプローチも採ることができる)。

このような1年次からの変化を細やかに把握することで、当該児童の問題の背景をアセスメントすることが可能です。
以上より、選択肢③は適切と判断でき、除外することが求められます。



④担任教師や友人のAへの関わりを観察する。

現時点での担任や同級生の関わりも重要になります。
先述したように、注目欲求が背景にあって問題行動になっている場合、周囲の反応がどのようなものかによって問題の出るタイミングなどが想定可能です

よく注目欲求を背景にしている事例で「あまり反応しないようにしましょう。反応すると問題行動が強化されるので」という助言を見聞きします。
これは助言としては不十分です。
なぜなら「反応してもらえないことで、より反応させようとする行動が大きくなる」ということも考えられますし、そもそも「注目されてこなかったために問題が示されているのならば、「注目しない」という問題を生み出した環境と同じパターンで対応する」ということに対応の瑕疵があると思われます。
では、どうすればよいのか?
私は「問題行動はそれほど感情的にならずに対応し、むしろ、本人が問題を起こしていない時に声掛けするようにしましょう。学年の先生方で」と伝えます。
重要なのは「問題を起こしてない時」であって、「良いことをした時」ではありません。
ときどき「問題を起こしていない時が無いんです」という話を聞きますが、本当にそうならば学校には居られないはずです。

さて、話を戻すと、同級生らがどのように反応しているかも大切です。
同級生にADHDやその周辺の児童がいると、一人が騒ぐと音叉のように全体に広がるという現象が低学年では見られます。
また低学年であれば教室がざわつくことも多く、音への過敏性が高いと落ち着きのなさとして反応してしまうことも考えられます

選択肢③にもありますが、1年次からの担任の対応の変化もチェックしておきたいところです。
適切な関わりに見えても、担任間にある微妙なルールの違いに混乱していることも考えられます
例えば、生活ノート(という言い方を日本全国するのかな?時間割とか書くアレです)を書くタイミングが担任によって違うことなどがありますね。

当然、現在の担任の関わりに課題がある可能性もあるでしょう。
声掛けの仕方や、学級運営の仕方によって「落ち着かない」という状態像はかなり変化し得るものです

以上より、選択肢④は適切と判断でき、除外することが求められます。



⑤Aの過程での様子を聞くために、保護者との面接を担任教師に提案する。

先述の通り、教育領域では、それまでの学年の先生方から話を聞くことができたり、これまでの担任達の関わり方について管理職から客観的な意見を聞くことができたり、当該児童が授業の中で作成したものを見ることができたり、他の児童との関わりやどういった児童と仲が良いかを把握できたり、保護者を呼んで家庭状況を聞くことも可能です

特に保護者からの情報は、教育機関で聞くのとそれ以外の機関で聞くのとでは全く異なります。
教育機関以外では「保護者からの情報」を聞くことになりますが、教育機関では「学校での様子と突き合わせながらの保護者の情報」を得ることができるのです。
これは大きな違いです。

単に「保護者からの情報」は、学校で起こったことを「又聞き」の状態で伝えていることになり(学校で起こったことに関しては保護者は100%「又聞き」になるものですからね)、それへの納得具合によっては情報がかなり歪められます。
その「歪め方」から、保護者の思いを推定することが可能ですから、尚更その辺の評価を行う立場の人は、心理的にニュートラルな面を保っておくことが必要ですね。
教育機関以外で保護者から情報を聞く立場にある人は、このことを重々承知しておくことをお勧めします。

一方、「学校での様子と突き合わせながらの保護者の情報」では、学校での様子と家庭での様子の違い、それぞれの場での反応の仕方や対応の違いなどを立体的に見ていくことになります。
こうした関わりを通して、家庭での関わりを参照して学校の対応を変更させること、家庭での関わりを助言することなどが行われることがあります

また、そういった話し合いから「家庭でも学校でも同じような問題を抱えている」ということがわかれば、同じ苦労を抱えるもの同士手を取り合って対応することになりますし、その流れのなかで医療機関受診を勧めるということも十分にあり得ます

こうした対応を狙える、保護者との面接を担任教師に提案することはSCとしてあり得る対応の一つと言えるでしょう。
以上より、選択肢⑤は適切と判断でき、除外することが求められます。

Share /

0 件のコメント

コメントを投稿

About Me

小学校~大学までの教育領域で臨床活動をしています。また10年以上、臨床心理士資格試験対策の勉強会に携わってきました。
このブログでは公認心理師および臨床心理士の資格試験に向けた内容をアップしていきます。時々、コラムや読書録なども。

Followers

CONTACT

名前

メール *

メッセージ *

© 公認心理師・臨床心理士の勉強会
designed by templatesZoo