多重関係

2019年05月29日水曜日

公認心理師の職責の「多重関係」についてきちんと押さえておきましょう。



多重関係について


多重関係とは「専門家としての役割と別の役割を、意図的かつ明確に同時にあるいは継続的に持ち続けること」を指します。

具体的には以下の状況を指します。
  • クライエントと恋愛関係を持つ、性的関係を結ぶ。
  • ゼミの学生のカウンセリングを行う。
  • 職務上の部下の家族をカウンセリングする。
家族間、友人間のカウンセリングも好ましいとされていません。

これらはなぜ良くないとされているのか?
それは治療関係以外の関係性が、治療関係に影響を与えることが第一でしょう。

外科医でも家族はなかなか切れるものではないと聞きます。
カウンセリングでも家族のカウンセリングが難しいのは、少し想像すればわかると思います。
不登校児の親御さんに助言はできても、その助言と同じことを不登校になったわが子にできるかと問われれば、なかなか困難であると言わざるを得ません。

ある種のクライエントは、カウンセラーが治療関係に留まるかを試そうとすることがあります。
それは性的な誘いのような直接的なものだけではありません。

カウンセリングの中でカウンセラーが思うような反応をしてくれない時に「そんな感じなら、もうカウンセリングはしなくていいです」と言ってくるクライエントがおります。
初心のカウンセラーはキャンセルを恐れたり、対決を控えたりする傾向があるので、こうした「脅し」に反応してしまいがちです。
しかし、こうしたクライエントは多くの場合無自覚ではありますが「カウンセラーが自分の仕事に徹してくれるのか」を見ているのです。

こうした言動に出るクライエントの多くは不安定な内情を抱えており、その不安定な自分を支援するに足るほど目の前のカウンセラーが安定しているかを確かめようとします。
「カウンセラーが自分の仕事に徹する」ということは、時にはクライエントからしたら面白くない言動もあるのでしょうが、「いつまでも変わらない人である」という安心感を与えることができます。
こういう「いつまでも変わらない人である」ということを対象恒常性と呼びます。

境界例の事例などで枠組みを変えない方がよいというのは、こうした事情によるのです。
もちろん、時には枠組みを緩めることが必要な事例もあることは事実です。
その辺は見立てとカウンセラーの許容の問題となるでしょう。

A-Tスプリッティングという方法論がありますが、こちらは管理者と治療者を分けようというアプローチです(学校などで生徒指導の先生が厳しいことを、教育相談の先生がサポーティブな関わりを、という感じで柔らかに行われていることも多いです)。
こちらは、いわば「多重関係」をなくそうというアプローチですね。
もともとは境界例の治療でよく行われていたアプローチでした。

ただし、現実世界に複数の役割が混ざっていない関係など基本的に存在しないです。
そのため、A-Tスプリッティングを入院治療で実施し、落ち着いたかに見えた境界例患者が、退院後にすぐに状態が悪化するということが見られました(現実では役割がわかれていないからすぐに混乱を来たす)。
神田橋先生はA-Tスプリッティングにおいては、役割を兼ねないことで何が失われるのかを考えながら運用することの重要性を指摘しておられます。



贈り物について


また、こうした多重関係につながりかねない行為として「クライエントから贈り物を受け取る」ということが考えられます。
長らく臨床心理学の世界では、クライエントから贈り物を受け取ることに否定的な意見が多かったように感じます。

カウンセリングでは報酬をもらっているので、そこで贈り物を受け取ることで、過剰な報酬を受け取ることになってしまいます。
贈り物は金銭だけでなく、他のクライエントを紹介するといった形式もありますね。
そういう贈り物を受け取ることで、例えば、カウンセリング場面で必要な対決の局面でうまくできなくなるといった懸念が古くから指摘されています。

そういうこともあって、贈り物の際には、それを受け取らず、むしろその贈り物をしたくなった内情を問うというのがセオリーです(現在もセオリーとされているかは知りませんが)。
これはアクティング・アウトの考え方を背景にしております。
アクティング・アウトとは「面接で表現されたならば、何かしらの展開を見せた内情を、アクション(この場合は贈り物)によって表現することによって、その内情が面接の場で表現されなくなること」を言います。

贈り物自体よりも、その贈り物をしたくなった背景が心理療法上は重要ということですね。
それ自体は正しい知見であると言えます。

しかし、この知見は正しいですが「非常識」です。
少し考えればわかると思いますが、要は「贈り物は受け取らないけど、それを贈りたくなった気持ちは聞きたいよ」ということです。
恋愛関係に喩えれば、告白されてお断りするけど、告白したくなった理由は教えてよ、ということですね。
こういうのって別に悪いとは言いませんが、非常識というか、節度に欠けているという印象を受けます(フェアじゃない、というか)。

また、贈り物には心理療法を邪魔するような思念が入っていることもあるのでしょうが、単純にカウンセラーへの感謝の気持ちなどが含まれていることも少なくないでしょう。
そういう場合に「贈り物を受け取らない」という態度は、クライエントの感謝の気持ちまでも受け取らないということになりかねません。

例えば、摂食障害者がカウンセラーに手作りの食べ物を持ってくることがありますが、これには複雑で重要な意味が込められています。
これを断ることは治療関係の破綻に直結しやすいことは下坂幸三先生が指摘している通りです。

こういった事情を踏まえ、贈り物をしたくなった背景を問うのであれば、「今回は持ってきてもらったので受け取るけど、今後は不要である」「心理療法の古くからの見解で、こういうことがあったときには贈り物をしたくなった動機を尋ねることになっている」といった進め方が、まだ常識のあるやり取りのように思います。
(摂食障害者には「今後は不要である」と伝えるのも、かなり難しい判断です)

近年は無料の機関も増えていますし、報酬が直接支払われない場合(SCなどは税金から)もあります。
私も無料の機関で働いていた時に、クライエントが自分が作った野菜を持ってきてくれたことがありました。
これを贈り物だから断る、というのは明らかにおかしい話だと思えます。

結局は自分が勤めている機関の性質やルール、クライエントの見立てに沿って対応を考えていくのが適切なわけです(そりゃそうだ)。

【2018-107】

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小学校~大学までの教育領域で臨床活動をしています。また10年以上、臨床心理士資格試験対策の勉強会に携わってきました。
このブログでは公認心理師および臨床心理士の資格試験に向けた内容をアップしていきます。時々、コラムや読書録なども。

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