公認心理師 2018追加-44

2019年02月08日金曜日

アセスメントを目的とした学校での子どもの行動観察について、最も適切なものを1つ選ぶ問題です。
学校場面での行動観察、というのがミソですね。

確定はできませんがスクールカウンセラーが行動観察を行う前提で書いていきます。
もちろんそうでない場合も当てはまるように述べていくつもりです。



解答のポイント


学校領域での行動観察について、その実際を理解していること。
行動観察全般や解釈に対する理解があること。



選択肢の解説


『①観察者が単独で場所や時間を限定して行う』

学校でのアセスメントでは、担任等の教員からの情報が非常に大切になります。
SCが関わるにしても、週に1、2回のわずかな時間であり、それ以外の時間でどのような言動が見られるのかについて把握することが求められます

SCあるあるとして「SCが見に来るときには大人しい」ということもありますので、自分の目の前で起こっていることが全体を現わしているのではないという謙虚さが大切です。

また「時間や場所を限定して行う」というのもケースによってです。
例えば、ある問題行動がある時間や場所に限定して生じるのであれば、そこを狙って観察するということもあり得ます
一方で、それ以外の時間はなぜその問題行動が生じないのかを考える上で、他の時間や場所で観察することも大切ですね。

大切なのは、学校という場所で自然体で過ごす状態を見ながら見立てを行っていくことです
サル学やゴリラ研究でも示されているように、檻にいれた動物を観察するのではなく、自然状況にいる動物に対して、人間が自然の一部になって観察する方が非常に得るものが大きいわけです。

以上より、選択肢①は不適切と判断できます。



『②焦点をあてる具体的な行動を明確にして行う』

ある児童生徒を観察する場合、事前に担任らと協議し、何が問題だと捉えているのかについて共有するものです
行動観察では、その問題だと捉えられる事柄を中心に見ていくのがセオリーだと言えます。

大切なのは、担任らと協議した時に児童生徒の問題が語られますが、専門家として「Aという問題行動が見られるのであれば、BやCなども見られるかもしれない」などのように観察するときのポイントを持っておけることです
もしくは「Aという問題があるが、Dがあったら別の可能性も考えねばならない」などのように別の方向性についても考慮することが大切です

こうした「予測」する力というのは専門家の力の多寡として明確に出てくるものです。
絶え間ない見立てと、その検証の繰り返しの中で身につくものだと思います。

時には、クラスを回って「何か気になることがあれば教えてください」というパターンもありますが、こちらはアセスメント目的というわけではありません。
言わば潜んでいる問題の芽をキャッチするという行いであり、それを担任と共有するなどして、その後の流れを見ていくのが一般的です。
同時に子どもの良いところを伝えることも大切な仕事ですね。

以上より、選択肢②は適切と判断できます。



『③記録方法としては、量的な記録よりも質的な記録が適している』

質的な記録はもちろん大切ですが、明確に量として記録できるならば是非するべきです。
例えば支援法の一つとして、ABAデザインによる介入があります。

これは以下のような介入法です。
  1. A段階でオペラント水準、つまり、何も操作を加えていない時の対象行動の頻度を見ます。
  2. B段階で、対象行動を増やすもしくは減らすような要因(関わり)を導入します。
  3. B段階において、対象行動に変化が見られるかをチェックして、変化が出れば次の段階に進みます。
  4. 続くA段階では、B段階で導入した要因を取り除きます。
    ABAデザインによる介入は自然状況で行うことが多いので、こちら側が入れた要因以外にも様々な要因が飛び交っています(天気とか、同級生の出欠とか)。
    要は、自分たちが導入した要因の有意性を検証するために、いったん抜くわけです。
  5. その結果、B段階での変化が元どおりになれば、B段階で入れた要因が変化に関係したと捉えることが帰納的に言えるわけです。
こうした介入法を実践していくときには、量的な記録が必須となります
問題状況はどういった介入を試みるかが不明確な段階ですから、どのような介入を行っても大丈夫なように、採れるデータをしっかり採っておくことが大切ですね

以上より、選択肢③は不適切と判断できます。



『④行動を観察することで、子どもの内面を理解することができる』


とある行動がある意味を示すことが多いということは確かにあります
よく言われるのが、爪かみが甘え欲求の現われである、などでしょうか。
確かにそれは蓋然性の高い知見だとは思いますが、あくまでも「仮説」の域を出ていません

行動から子どもの内面を推測する場合に限らず、常に見立ては作業仮説であるという前提を忘れないことが専門家として重要です。
また、ある行動からは複数の解釈が可能なことがほとんどです。
その場合は、解釈を保留にしておくことが大切で、その後の経過で少しずつそれに輪郭がついてくることが大切だと思います

中井久夫先生は「病棟深夜の長い叫び(昭和を送る、所収)」の中で、以下のように述べておられます。
「…しかし、私はこれを解釈しない。いくつかの解釈が可能だからである。私は複数の証拠、最小限三つ、があって、それらの意味するものすべて一つを指していると思われる時、いわば三つのヴェクトルが一点をめざすかにみえる時だけ解釈を自分に許している。しかし、いうまでもなく、解釈は仮説であって、治療の進行とともに消えるものであり、変わるものであり、稀に生き残って、そういう場合は、いつか患者が自分の発見として語ることもあるが、それは珠玉のごとく貴重な、しかし、求めてえられえるものではない、いわば神の手から患者治療者のペアに与えられるボーナスだと私は信じる」

私はこの記述が解釈に対するもっとも真摯な姿勢だと考えています。
こうありたいものですが、なかなか…。

以上より、選択肢④は不適切と判断できます。

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About Me

小学校~大学までの教育領域で臨床活動をしています。また10年以上、臨床心理士資格試験対策の勉強会に携わってきました。
このブログでは公認心理師および臨床心理士の資格試験に向けた内容をアップしていきます。時々、コラムや読書録なども。

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